2009年10月24日

GLAY訴訟問題まとめてみた

GLAY勝訴 著作権裁判で 東京地裁判決
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20091023k0000m040097000c.html




前事務所と揉めてたって話は聞いたことあったけどその詳細は知らなかった。
最近再びファンになった者として
これは知っておかなくてはと思い調べてみたら…





この前事務所が原因ですんごく辛い状況に陥ってたみたいで、びっくりした。


以下に、一連の流れをまとめてみました。
私がネットで収集してまとめたもんなので間違ってたらごめんなすい。
てか複雑すぎる(´・д・`)



GLAYは元々、XJAPANのYOSHIKIが設立した事務所に在籍していたが
M氏とI氏の促しもあって独立。
M氏が設立したアンリミテッドグループに移籍。
(このとき、著作権譲渡の契約を交わしたと思われる。)



しかし、アンリミの印税未払いや売り方の問題で揉めたため、
I氏を社長とする「ラバーソウル」を設立し移籍することに決定。
当初は、アンリミのM氏も「分社化の一環」として承諾していた。



ところが、設立半ばにしてそのI氏が突然芸能界から失踪。
独立直前に行われたドームライブの支払金が消えていたことが発覚。
(I氏がGLAYの海外進出の資金に使用していたという説がある)
(結局TAKUROが現在の所属事務所である「ラバーソウル」を設立した。)



さらに、それまでの著作権は引き続きアンリミテッド側が所有することになっていたが
所属していた頃の印税やコンサート出演料が支払われていなかったため、
独立した年と同じ年に、GLAY側から著作権譲渡契約を解除し、告訴。



以降、アンリミ側は著作権の所有に関して提訴するとともに
GLAYの活動に圧力をかけ始める。
メディアに出られなくなったり、ライブのイベント会社に急にキャンセルされたり

相当な辛酸を舐めさせられていたらしい。
コレが基で解散危機にまで陥っていたとか。


これを知って、改めて、解散危機に陥ってた時期に書かれた曲の歌詞に心痛を覚えた。


(以下、『MIRROR』より抜粋)

「時に誇りさえ奪われ 信じたものの裏切りを見た」

「歌い続ける 祈り続けることにもう疲れきったときは 
 許してほしいあの故郷にお前の胸に戻ってもいいか?」

「今日という日が明日という日が裏切りばかりの毎日でも」
「今日という日が明日という日が心殺すばかりの毎日でも」
「今日という日が明日という日が絶望ばかりの毎日でも」
「こぼれそうなあの笑顔を探している」


(以下、『LAYLA』より抜粋)

「まだ俺はやれるのさ かつてのように器用には
うまく振る舞えないかもしれないけれど」

「夢に破れた俺をお前は一言も責めなかった」
「俺達はどんな惨めな時も冗談を飛ばし会った」
「今はうつむいてばかりはいられない」


ウ、ウワー(⊃Д`)゛。°





話を元に戻して、
その後からいままでの経過を追うと


アンリミはGLAYを失ったことで半壊?し
中軸アーティストも失う。



アンリミの弱体化で圧力低下したのか、
GLAYがメディアに復活。



そして現在。

GLAYは勝訴し、独立以来仲の悪かったYOSHIKIとも和解した。
(昨日NHKで対談してた)


15周年という節目に、
こんな泥試合の終止符が打ててよかったね。



まあ、第二楽章(控訴)がある可能性は十分にあるけど・・。




半年ぶりの更新がGLAYニュースとはねww
前回の日記から今までのことについてはまた後ほどwww
【GLAYの最新記事】
posted by ほしのみをぅ at 03:15| Comment(1) | TrackBack(0) | GLAY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
STREET LIFEも、解散危機陥ったときの歌ですね。
Posted by at 2011年06月04日 13:00
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